気づいてしまった

サーフィンを始めたその後のお話part1です。

自然と向き合ううちに

己の身ひとつで海に入り波と対峙するサーフィンは、
まさに自然と向き合うスポーツです。
サーフィンをやったことない人でも容易にイメージできると思います。

今年は本当に自然災害と闘った一年でした。
現代の科学技術をもってしても、人間の英知をもってしても、
自然の力にはかなわない。
地震、台風、豪雨、豪雪などに見舞われるたびに、
地球を支配している気になっている人間の無力さを思い知らされます。

とは言いつつ、幸いなことに、今のところ、
自然災害で自分の財産や大切な人の命を奪われたという経験が無い私。
サーフィンを始めたことで、
自然の怖さ、偉大さ、
それはすなわち人間なんてちっぽけな存在だということを、
初めて身をもって知りました。
そしてその経験は、自分自身に対する気づきとなりました。

自分で自分の首を絞めていた

小さいころからやりたいと思ったことは自由にやらせてもらいました。
習い事も、受験も、就職も、両親から反対されたり、
ましてや強制されたことは一度もありませんでした。
この点は本当に両親に感謝しています。
全て自分の意志で選び、歩んできた人生だったので、
そんな自分の人生に対して疑問に思うこともなかったし、
自己責任というか、
うまくいかなかったことも納得して受け入れてきました。
とても幸せなことだと思います。
それなのに、何か違う、という引っ掛かりが常にありました。
そしてその違和感の正体に、とうとう気づいたんです。
それは、そもそも自分の選択の基準が、
本当は自分がどうしたいのか、ではなく、
どうしたら両親が喜ぶのか、というものだったのです。

サーフィンを始めて紫外線と潮風を大量に浴びたせいなのか、
保育園のころをよく思い出すようになりました。
絵を描くのが好きな一方、
なぜか、くノ一(くのいち、女忍者)に本気でなろうとしていました。
一番鮮明に覚えているのが、
保育園のお祭りで使うお神輿のデザインを、
勝手に考えてクラスの先生に渡したことです。
男の子のお神輿、女の子のお神輿の2基あったのですが、
2基ともデザインしたことを覚えています。
(男の子用は確か船だったと思いますが、女の子用は忘れました。)
そしてなんと、そのデザインが採用されて、
みんなで作ったんです。
採用されて嬉しかったなどという感情は覚えていませんが、
毎年同じ普通のお神輿じゃつまらないと思って、
”普通じゃないお神輿”を自分で考えたことはハッキリと覚えています。

そして、小中高と一貫して、図工や美術の授業は本当に大好きで、
ただただ楽しかったです。
絵画にしても造形にしても、
イメージを形にするという作業は、時間を忘れて没頭できました。
好きな上に成績も良かったのですが、
それを将来仕事にしたいと思ったことは一度もありませんでした。
有名大学を卒業して有名企業に就職することこそ両親を喜ばせることだと、
信じて疑わなかったからです。
ちなみに、そのようなことを両親から言われたことは一度もありません。
なぜか勝手にそう思い込んでいたんです。
そして、受験戦争も就職活動も必死に闘いました。
両親を喜ばせたい一心で。
両親に私のことを誇りに思ってもらいたい一心で。

物心ついたときから、
親の期待に応えたいというのが全ての基準になっていたんです。
長子(ちょうし、初めに生まれた子)あるあるかもしれないけど。
そもそも、「親の期待」が本当は何なのかも分かっていなかったと思うし。
結局、自分で自分の首を絞めていただけなんじゃないかと気づきました。

気づいた結果どうしたかは、part2で☆

(あ、今日は顔文字を一つも使わなかった。)

妹が生まれて喜んでいると思われる1歳8か月の私